報われない人生

tohramiki2004-11-07

 忙しい時ほど本が読みたくなる。時間は当然、無い。だから仕事の合間にトイレや風呂で読む。ここ二ヶ月ほど、そんなふうにして原寮*1の、探偵・沢崎三部作『そして夜は甦る』『私の殺した少女』『さらば長き眠り』を再読した。いや、もう何度読み返したか判らない。

 先月から、ガラにもなく多忙である。朝はたいてい5時から7時くらいの間に起き、もっかのところ僕の人生で唯一の趣味であるジョギングを一時間から一時間半して、取材で出かける日を除いては朝食の後午前10時くらいから仕事を始める。途中スーパー・マーケットへ買物に行ったり三十分くらい昼寝したりすることはあるけど、基本的にずっと夜まで原稿を書いたり雑誌のレイアウトをしたりして過している。しかし夜10時くらいになるとどうしようもなく肉体的限界がやってきて「ふう。今日はこのくらいにしといたるわい」と池乃めだか風にチカラ無くつぶやき、Macのシステム終了ボタンをぱたりと落すのである。風呂に入り神経をクールダウンさせるためにウイスキーソーダ割りを一、二杯飲むともう眠くなってぐったりと寝てしまう。そして翌朝むっくりと起きあがるという繰返しである。
 
 要するに起きている間はほとんど仕事をしているわけだが、二十代はこんな程度ではなかった。特にとあるエロ本の編集長をしながらAVを撮り始めていた二十五から二十八才位くらいまでの三年間くらいはすさまじく、メシを食うヒマもないからコンビニのオニギリ何ぞをもぐもぐ食いながら原稿を書きに書き飛ばした。給料は恐ろしく安かったけれど原稿取りや出張校正には大抵タクシーを使った。タクシーなら目的地へ着くまで少しでも仮眠が取れたからだ。二十四時間くらい寝ないのは当り前、三十時間、四十時間と眠らないと歩いてる感覚が無くなって気持が悪くなる。時々、会社や駅のトイレで吐いた。あれは、経験したひとでないとわからないと思う。
 
 何だってまたそんな無謀な生活をしていたかというと、ひとことで言えば“ツッパっていた”からだ。当時の僕はムキになっていた。
 それより少し前、僕は小さいけれど当時エロ本業界では先端的だと言われていた編集プロダクションを馘になっていた。そこの社長に「お前には才能が無い。努力しても無駄だ。早いとこ足を洗ってカタギになれ」と言われ会社を辞めさせられたのだ。
 くやしかった──。
 何がくやしかったかというとすべてその男の言うとおりだったからだ。ロクでもない十代をノホホンと過していたせいで僕はモノを知らず勉強も出来ずおまけにセンスも無かった。つまりはエロ本とはいえクリエイティブな仕事をする能力をまったく持ち合せていなかったのだ。
「上等じゃねーか」と思った。「才能無い? あっそ、だったらオレ、体力で勝負するもんね」と。
 要するにヒトの二倍三倍働けば何とかなるだろうという単純な考え方であった。

 しかしそういった過酷な二十代を過したあげく僕が手にしたものは何だったかというと、やはりロクでもないものだけであった。むしろ失ったものの方が大きい。何人かの大切な友達とは音信不通になったし二人の恋人に次々とフラれ、彼女達は他の男と結婚した。まっ、女の子にモテないというのは忙しかったせいばかりではないと思いますケド(涙)休日にデートするヒマもない男と好んでつき合いたがる若い女なんていないんじゃないか、と思う。オマケにそうやって必死コイて作ってたものがエロ本やAVだったもんだから誰かに小突かれバカにされることはあれ、誉められたり評価されたりしたことなんてなかった。救いがあるとすれば、後に僕の作った雑誌やビデオで人生が少し変わったと言ってくれた人が数少ないけれどいた、といったくらいだ。
 
 私立探偵・沢崎の活躍する原寮の三部作を読返すたび、僕はあの頃の自分の生活を想い出す。沢崎はスペンサーのようにマッチョではなくリュウ・アーチャーのように思慮深くもなくマーロウのように洒落た台詞も言えない。彼には聡明なスーザン・シルヴァマンや金持ちの娘リンダ・ローリングといった美しい恋人もなく、頼りになる友人ホークやギムレットを共に分かち合うテリー・レノックスさえいない。沢崎にいるのは、友でありパートナーであり師であった渡辺という初老の元刑事だけだ。しかしその渡辺は新宿署の囮作戦に加わり警察と暴力団〈清和会〉の裏をかいたあげく一億円の現金と三キロの覚醒剤を持ち逃げして姿を消した。
 
 作家・沢木耕太郎は原寮の小説の欠点はすべて主人公・沢崎の魅力の無さに尽きる、と書いている。それは残念ながら間違ってはいない。沢崎は面白味のない男だ。だから彼は依頼人に感謝されることはあれ、誰かに愛されることはない。だけど、どんなに努力したって報われない人生もあるし幸せになれない人間もいる。そして、悲しいことに世界とはそう言った場所なのだ。探偵・沢崎はそれを我々に教えてくれる。そんな男の、孤独だが真摯な生き方もあるのだ──、と。

*1:作家ハラ・リョウさんの“リョウ”はネットでは正しく表記出来ないようです。よってコレは近い当て字。すみません(涙)ところで、新作出ませんね。