チーズケーキのような幸福

tohramiki2004-12-30

 青山通りをとぼとぼと歩いていた。この時期はあっという間に夜が来る。さっき打合せのためにその建物に入った時は遅い午後といった感じだった青山の空は、まるで夕方を省略したかように一気に暗くなっていた。
 
 気分は果てしなく重い。また、出版の話がひとつ消えた。今年の春に書き上げた長い長い小説の行き先をずっと探している。そもそも僕のような無名の書き手が小説を書きましたと言っても、まずなかなか読んでもらうことが出来ない。つてを頼って探しに探し、読んで貰えるという人を見つけ、今回やっと著者と版元とが共同で出資するならというお話を頂いた。だけど、先方が提示した条件は僕にはとても受け入れられるものではなかった。

「そんなお金ないよ、オレ」青山三丁目の交差点をベルコモンズの方に渡りながらそう呟いた。人生には何度かこんな夜がある。自分の無能さを思い知らされる時だ。イイ歳して何やってんだろオレ、と思う。11月で46才になった。同世代の友人達は子供が大学へ行こうかという歳だ。そう考えると作品とは書き手にとって子供のようなものだ。

 担当の方はとても良い人で、作品のことも良く理解してくれた。「私としては本にして世に出したいと思います」と言ってくれた。成長した子供が家を出て大学に行きたいと言う。その時にダメな親が「ごめん。お父さんにはお金が無いんだよ」そんなふうに言っているようなものだ。
 
 気持が重すぎて地下鉄に乗る気が起きない。いや、駅に降りる階段を下る気力がないのだ。何気なく外苑西通り千駄ヶ谷方面に曲がる。道の両脇にはきらびやかなイルミネーションが光っている。クリスマス、近いんだよな、と思う。何処かからジョンの「ハッピー・クリスマス」が聞こえてくる。
 あー、ダメだ。このままだと泣いてしまう(涙)そう思ってアタマの中で必死にダジャレを考える。エート、クリスマスは毎年クロウシマス、お金が無いから……。ウチのネコはもうネコロビません、三月に死にましたから……、んー、いかんいかん、すべてさまぁ〜ず悲しいダジャレになってしまう。
 
 坂道を登りきった所には洋書屋の「ON SUNDAYS」がある。昔その裏手にあった小さなアパートに住んでいた。大学生の頃だ。千駄ヶ谷に「ピーターキャット」というジャズ酒場があって、そこでバイトしていた女の子と付き合っていたから、彼女の仕事終わりで深夜この道を手をつないで帰った。
 そうだ、「ピーターキャット」の前を通ってJR千駄ヶ谷に出ようと思う。まだ当時二十代後半の若いご夫婦の経営する店だった。経営者が代わり、同じ名前で九〇年代半ばまで続いたと思うが今はまったく別の店になっている。
 
 外苑西通りを進み、ビクタースタジオの横を通ると、右手の明治公園にラーメン屋の屋台が見えてきた。「あー、ハラへった」と思う。考えてみれば今日は朝から何も食べていない。でも、何故か食べる気がしない。腹は減ってるのに食欲が無い、何だかそんな感じだ。ラーメン代が惜しいのだろうか? 一杯600円程度のお金を使おうが使うまいがたいした変わりはないのだが、良くない傾向だ。どんどん気持が押し潰されていく。何年か前にも、こんなふうにひとりで歩いた夜があった。あれもまた、冬だった。本決まりになっていた出版の予定が、先方の会社自体の経営が傾いたために御破算になった時だった。「オレは何度負け続けてきたんだろう」、そう思う。
 
 地元の駅に着いたのは十時を廻っていた。結局、千駄ヶ谷でも電車に乗る気が起こらず、東京都体育館の脇を左に折れて、明治通りを新宿まで歩いてから中央線に乗ったからだ。駅に着いて、やっと何か食べるものを買って帰ろうという気になった。幸いなことに最近はこの時間でもスーパーが開いている。特にウチの近所のダイエーは24時間営業だ。半年ほど前から突然そうなったのだ。24時間だぜ、と思う。まるでコンビニだ。何と言うか、すごい懸命な経営だ。にも関わらずダイエー産業再生機構に組み込まれた。
 
 駅にあずけておいたチャリンコでダイエーに寄る。いつも思うけれどこの時間のスーパーの雰囲気は独特だ。必要最低限の照明以外は落とされ、妙に薄暗い。アルバイトらしい若い男の子が二人ほどレジにいて、通路にはネクタイにジャンパー姿というスタイルの男性が一人で棚に商品を補充している。おそらく店長とかそういう立場の人で、この人はダイエーの社員なのだろうな、と思う。眼が合うと「いらっしゃいませ!」と元気に言うが、そのぶん悲壮感のようなものを感じてしまうのはコチラの思い込みだろうか。僕みたいな経済オンチには理解不能だが、企業努力してるんじゃないか、と思う。いや少なくともこの店長氏はこの時間まで店にいて、努力してるはずだ。でも、努力してもダメなものはダメなのか? きっとそういうことなのだろう。
 
 棚の間を歩きながら「甘いものが切れてたな」と思い出す。明日から年末にかけまだ数本の原稿が残っている。モノ書きに糖分は必需品だ、というのが僕の持論だ。脳を動かすのはブドウ糖だ。もちろん炭水化物をしっかり採って体内で糖に変わるのを待てば良いのだが、原稿を書く前にゴハンを食べ過ぎると眠くなる。最近はネスカフェカプチーノに凝っている。コレに黒砂糖をたっぷり入れ、ミルクを加えシナモンをひと振りふた振りしたのを飲むと、アタマが廻るような気がする。
 
 カプチーノの隣に森永の豆乳ココアというのがあるのに気づく。「ポリフェノール二倍、食物繊維二倍」とある。そうか、ココアっていうのもイイな。寒い夜に暖かいココア、ミルクの優しさと深いココアパウダーの甘み、そう思って手に取った時、自分がひとりニンマリしているのに気がついた。今日たぶん初めて笑ったなオレ、と思う。人間って、甘いものを想像すると何故か微笑んでしまいませんか? そうか、ケーキを買って帰ろう。こんな夜は酒を飲んでも絶対に美味くない。そう思ってショートケーキやティラミスが並ぶ冷蔵ケースの前に行くと、そこにはチーズケーキがあった。
 
 チーズケーキを初めて食べたのは千駄ヶ谷の「ピーターキャット」だった。もう20年以上前のことだ。お金がないのでいつものようにビール一本だけを頼み、カウンターに座って恋人の仕事が終わるのを待っていると、店の奥さんの陽子さんという人が僕の前にチーズケーキが一切れ乗ったお皿をポンと置いたのだ。「オーダー間違えて切っちゃったから食べたら」と陽子さんは言った。
 
 若い男は自分から甘いモノなんて食べようとはしない。そんなモノを食う金があったらラーメンライスやら大盛りカツカレーなんかを食いたいと思うからだ。僕もそうだった。喫茶店などで女友達がチョコレートケーキやモンブランなんかを美味しそうに食べているのを、まるでヘンな生き物が妙なエサを食ってるように眺めていた。でもその時はそういう事情だから口にした。彼女を待つのに退屈していたし、ビールも飲み干していた。だいいちタダだ。
 
 不思議な味だった。甘いような酸っぱいような、チーズケーキと言うわりには味はチーズからは遠く、だけど生クリームの甘さとはまったく違う。レアチーズだったからヨーグルトで出来ていたはずなのだが、ベースになる砕いたビスケットと混ぜ込まれた砂糖の味でその甘みはまったく別な何かに変容しているように思えた。
 
 そうだ、どうせなら今夜は材料を買って帰ってチーズケーキを作ってみようか、深夜のスーパーでそう思いついた。
 
 チーズケーキの作り方は思いのほか簡単だ。フィラデルフィアクリームチーズなどを買うとパッケージに書いてある。特にフードプロセッサーやバーミックスがあったりすると本当にアッという間に出来てしまう。だけどどうせなら市販のモノにはない、独特なヤツを作ってしまおう。僕はベイグドチーズケーキの上にレアチーズを乗せた、スペシャルダブルチーズケーキをオススメしますね。
 
 まずはビスケットを砕いて無塩バターと少量の生クリームを混ぜ込んでベースを作る。そこにクリームチーズに砂糖を加え、レモン汁を垂らしてよく混ぜ、こねたものをオーブントースターで焼く。これでベイグド部分は完成だ。あら熱を取ってから、今度はクリームチーズとヨーグルトを一対一、砂糖を加え水で溶いたゼラチンパウダーを混ぜ込んだものを上からかけて冷蔵庫で約1時間。ヨーグルトはプレーンにする必要はなく、お好みでストロベリーやらブルーベリーでも可。さらに余った生クリームにヨーグルトを加えホイップクリームにして三段重ねにすると、オリジナルスーパーデラックストリプルチーズケーキストロベリー風味スペシャルというよーなカンドー的な食い物も出来上がる。
 
 それではさっそく出来上がったチーズケーキを食べてみましょう。鋭角な二等辺三角形の先を小さなフォークで削り取って舌の先に乗せる。舌先で甘みが溶けた次の瞬間、舌の両側にかすかな酸味が広がり、それが決して解け合わず、だけど邪魔をし合わないまま口全体に広がって喉に落ちる。うぐうぐ、美味しい美味しい。でわもう一口。しかしアレですね、もぐもぐ。こうして深夜にひとりイイ歳した男がチーズケーキを作って食っていると、「こーゆーコトしてっから結婚出来ないんだよな、オレ」とつくづく思いますですね、もぐもぐ。てゆーか、いつでもヨメに行けるんじゃねーの(涙)
 
 そう言えば昔々、その「ピーターキャット」で働いていた恋人に「あなた将来何になりたいの?」と訊かれた時、僕は「主夫」と答えたのだ。1980年の冬だった。ジョンは例の“失われた週末”の後、5年間の沈黙を破ってヨーコと競作名義で『ダブル・ファンタジー』をリリースした。その際、その間彼が何をしていたのかが日本でもワイドショー的な話題になっていた。ジョン・レノンはマンハッタンのセントラルパークに面した古いアパートメントで、家事をしながらショーンの世話をして「主夫」として過ごしていたのだ。恋人は腕組みをして僕見つめ「あのさ」と言った。「だけどその前に、そもそも“主夫”になりたいなんて言う男と結婚したいと思う女がいると思う?」。僕は「ごもっともで」と答えた。
 
 チーズケーキを三角形の先から食べていくと、最後に底辺の部分が残る。ココはビスケットを砕いてこねたベースがいちばん多く含まれていて、そのぶんいちばん甘い。最後の一口を舌に乗せると、また自分がひとりニンマリしていることに気づく。それはとてもちっぽけでささやかだけど、口の中に広がる幸せだ。人を「マア、今日も色々と疲れたけれど明日もまた一日頑張ってみっか」という気にさせる、とても小さいけれど確かな幸福だ。最近は、何故か幸せって何だろうってよく考える。若い頃はそんなことは絶対に考えなかった。チーズケーキを食べたいなんて少しも思わなかったように。
 
 そう言えば今日はジョンの命日じゃなかったけ? そう思った2004年12月の8日、開けて9日になろうかという深夜のことでした。
 
 
 さて、このブログを覗いてくれたみなさま。本稿が今年最後の更新になります。来年もまた、気が向いたら読んでやってください。ココに書く文章がだんだんコラム風というかエッセイ的というか長くなりつつある傾向になってきたので、来年はコレとは別に日刊のweb日記(『毎日jogjob日誌』)も始めるつもりです。その際はこのページでお知らせしますのでソチラもよろしく。
 
 それでは、来年があなたにとってより良き年になりますように。そしていかなる時もフォースがあなたと共にあらんことを──。